
■肉食が精神に与える影響(簡単な禁煙法も)
Q.動物の肉を食べたことで、他界してから罰せられるでしょうか?
■A.大霊のか弱い創造物を殺して食べることが間違っていることを確信する段階まで進化した人は、いけないことと知りながら犯した行為に対する報いを受けます。その段階まで達していない人であれば、いけないことという自覚が魂に芽生えていないのですから、罰を受けることはありません。知識には必ず代価を払わされます。その代価が義務というわけです。
Q.人類のすべてが肉食をやめて菜食にすれば、より幸せな世の中になるでしょうか?
■A.ご質問に対する答えは「イエス」であることを断言します。いろいろな点から見て、肉食は好ましくありません。身体的・精神的・霊的視点から見て、そう断言します。道義的問題だけでなく、健康上の問題も含まれます。そして何よりも、霊的観点から私は、人類の進化に伴って、いつかは人類の大半が、ますます菜食主義になっていくであろうことを断言します。
スピリチュアル・ヒーリング(これについては次のページで述べています)をされている方にお聞きしたのがはじまりだったのですが、病といっても因果律によって生じた負のカルマだとはやはり一概には言えないそうです。特に精神的な病であるなら尚更だそうで、僕はアドバイスされたことをきっかけに肉食を控えることにしました。菜食に徹する事はかなり難しく、また正直に言って、時には肉を口にしたいという気持ちも完全には拭えないので、「自分からは買わない」という方針でいくことにしました。与えられたものは遠慮なく食します。どなたでもそれだけで肉食の機会はかなり減ることと思います。
結果、ムカムカしなくなったんですよね。たまに肉食すると胸の辺りから興奮が広がって行くのが分かるんです。「ああ、このムカムカとか興奮が強迫観念に拍車を掛けるのだな」と思い、以来続けているのですが、肉食を控えていることは精神の安定を保つ重要な要素の一つだと思っています。勘違いなさらないで欲しいのは、肉食をしているからといってその人が「下」ではないということですね。これは強調しておきます。実際僕も「大霊のか弱き・・」などと思って肉食を控えているわけではありません。単に精神に良いようだからというだけに過ぎません。
アトピー性皮膚炎というものがありますが、精神的アトピーなんだと思いました。食べるものの影響が皮膚に出やすい人と出にくい人がいるように、精神に関しても同じ事が言えるのだと思います。特に今興奮状態にあるような人には少々の期間でも試されて欲しいと思います。2004.1.29
■禁煙について
最初に断っておきますが、これはスピリチュアリズム関連の話題ではありません。シルバーバーチも煙草をやめろとは言ってませんし、霊媒モーリス・バーバネルも喫煙者でした。ですので、ここから先は僕自身の経験に他なりません。しかし(当たり前の話ですが)シルバーバーチが全てではありませんし、喫煙が精神に与える悪影響はかなり大きいというのは周知の事実だと言えると思います。あなたが喫煙者で、煙草を止めたいという気がおありなら、この先を読んでみる価値があるかも知れません。
僕は2003年5月まで、一日最低二箱は吸っていたヘビースモーカーでした。高校生の頃から十年以上吸って来たわけですが、煙草を止めるまで『精神安定剤』という認識が大きかったと思います。ほとんど常に不安と共にあった僕は、人と会えば緊張から煙草に火をつけずにはいられませんでした。休憩時間といえば人と話していようが一人でいようが、必ず二本は連続で吸っていました。朝起きて一服。寝る前に一服。電車の待ち時間も一服。時には迷惑だと知りつつ、歩き煙草で一服。飲み屋に行けばその日はプラス一箱です。風邪をひいても咳き込みながら吸っている始末でした。
だからしょっちゅうゲーゲーやってました。身体だけでなく精神にも大分悪い影響を与えていると薄々知りつつも、それを認めたくなかったんですね。中毒、依存とはまず認めないことにある、そう言えるのではないかと思います。そんなある日のこと、「禁煙セラピー」(アレン・カー著 阪本章子訳 KKロングセラーズ 本体900円)という本を何気なく書店で目にし、試しに買ってみることにしたんです。赤い帯に「成功率90%」と書いてあったのは嘘臭いと感じたのですが、『126版』という文字が輝いて見えたんですよね。こんなに売れてるならなにかあるに違いないと。
僕には素晴らしい本でした。
この本の主張、禁煙の鍵は、「洗脳を解くこと」にあります。アレン・カーによると、煙草会社のイメージ戦略の勝利なんだそうです。いきなりこれを読んでもピンと来ない人ばかりではないでしょうか。そこが恐ろしいんですね。僕もそうでした。でも考えてみてください。物心付いた頃から煙草の広告というのは日常至るところにありました。雑誌、テレビ、看板、自動販売機。それに貼ってあるシール。煙草の広告っていうのはいつもとても爽やかに作ってあります。煙草の煙は汚いものであるというのは誰でも知っているのに、広告はその対極のクリーンなイメージなんですね。
ずっとそうした広告に触れていると、気が付かない内に「リラックスしたかったら煙草」という図式が出来上がるようになります。喫煙のきっかけは背伸びというか大人への憧れからだったかも知れませんが、そのずっと前から洗脳ははじまっていて、やめようと思った時にはすっかり洗脳されているということなんですね。年季の入った話で、潜在意識に染み付いているんです。
だから「だんだん減らしていく」「あの日になったら止める」などと考え、一旦は減煙禁煙が上手く行っても、肝心の洗脳が解けていないためにまた元のように吸ってしまうということなんです。今までのように精神力で禁煙に挑んでも失敗するのが普通だということです。
喫煙の本当の理由は、禁断症状を和らげることにあります。楽しんでいるのは禁断症状の緩和だけです。そもそも麻薬の本質はこの禁断症状の緩和にあります。煙草の楽しさとは煙草を欲しがる気持ちを満たすことであり、それ以外の何物でもありません。禁煙をみじめに思う気持ちそれ自体が洗脳なのです。本当のことに気が付きましょう、禁煙は少しもみじめなことではありません。煙草を吸わないことは非常に素晴らしいことです!
・・・大まかに言ってこういう本なのですが、興味を惹かれた方は実際に読まれることをおすすめします。この本のことを「素直に洗脳された気になって読むのが良い」と評した人がいますが、僕はそうは思いません。やっぱりどんな本でも疑いながら読まないと自分の身にならないと思います。
煙草から解放されると実に気持ちいいです。当時を振り返ってみると、喫煙によって強迫観念が刺激されていたのが今では良く理解できます。洗脳が解けはじめた僕は、あんなものを二度と吸おうとは思いません。今のほうが遥かにリラックスしているからです。2004.2.5
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